事故の概要

  

2000年3月8日午前9時1分に中目黒駅直ぐ近くで起こった地下鉄日比谷線の下り電車の最後尾車両が脱線し、上り電車の6両目に激突して、両車両とも大破し、乗客5人が死亡し、64人が負傷しました。被害者の大半は衝突された上り電車の6両目の乗客でした。その5人の犠牲者の内に、私の息子が含まれていました。期末試験の最終日で、1限目は履修していなかったため、2限目の英語の試験にあわせて、いつもより遅い電車に乗ったために、事故に遭ったものです。
息子は生後間もない頃よりアトピー性皮膚炎に苦しみ、死ぬまで続きました。私ども夫婦は、この17年と8ヶ月間、手塩にかけて育ててきました。営団は、そんな息子を一撃で殺したのです。もとより、職員1万人を越え、国と東京都が出資主である巨大組織に対しては、私どもの力は蟷螂の斧に等しく、息子を殺して申し訳ないというような加害者意識の全く欠落した営団の仕打ちにどう対応したらよいのか、模索している状況です。彼らにとっては単なる死傷事故で補償金を払っておしまいでしょうが、私ども遺族にとっては、人生が一変し、生きている限り続く悲しみと苦しみです。これは、私ども遺族だけの問題ではなく、いつ皆様の身にも降りかからないとも限りません。その時に、こういうことが起こるんだと言うことを、当事者の私でなければ書けないことを、皆様にお知らせせねばと思った次第です。
目黒署やマスコミの話を総合すると、息子は反対側の吊革につかまって立っていて、異音に気付き振り返った瞬間、はぎ取られた車両の側壁が水平に飛んできて息子の左前頭部を直撃し、左頭部が潰れて即死したようです。
警視庁は、業務上過失致死傷害事件として、立件すべく捜査を続けております。私も事故直後に被害届を目黒署に提出済みです。何としても立件にこぎつけて欲しいと願っております。コスト削減のために合理化につぐ合理化を続けてきた結果がこの悲惨な事故です。乗客の命とコスト削減を天秤に掛け、コスト削減を選択したのです。平成10年度で120億円もの純益がある公共輸送機関が更なる利益追求のために乗客の生命を軽視したのです。責任者を是非公判で明らかにして欲しいと願っております。業務上過失致死などと言う罪があるのは日本とドイツだけだと聞いております。米国やフランスでは、業務上であっても、個人が殺人罪に問われます。最近の例では、薬害エイズでフランスの大臣が殺人罪で起訴されたように記憶しております。日本だけです。業務上であれば、人の命を奪っても殺人罪に問われないのは。営団という組織を相手にしても、一人一人は他人事だと思っているから、真剣にはならないし、何も変わらない。営団も一人一人の人間からなる集団です。個人を相手にして初めて、その人は自分の仕事の重大さに気付き、真剣に仕事に取り組むようになると思います。公判では、出来たら、運輸省の責任も問うて欲しいと思っています。営団の総裁が多額の退職金を手にして辞職しても責任を取ったことにはならないと私は思っています。(総裁は6月30日、退職金を返上の上、「社会的責任」を取って辞任した。)
この事故は、営団が脱線防止ガードの敷設を怠ったために起こった、営団の安全を軽視した怠慢行為による、殺人に近い人災であると、私は基本的に考えております。例え車両に多少の欠陥があったとしても、このガードさえあれば、脱線が防げた可能性は極めて高いと思っております。JR各社、私鉄各社、他の地下鉄を含め、営団の脱線防止ガード敷設基準は鉄道界最低の基準で、同ガードを140R以下の曲線に敷設する、というものです。相互乗り入れをしている東急の東横線は450R以下です。営団の基準は東急の3分の1以下です。つまり東急は営団より3倍も安全です。営団は安全を軽視していたのです。ガードを設置しなければ、それだけコスト削減になります。二十数年前に決めた基準を、車両も次々と軽量化され変わってきているのに、他社が基準を厳しく改訂していく中で、全く見直さず、何もしなかったのです。営団の現役やOBの現場職員からも「合理化を理由にどんどん手抜きを進めているので、いつかは脱線事故が起きると思っていた」と私宛にメールが来ております。なぜ各社バラバラの基準を採用しているのかというと、運輸省が統一基準を定めなかったからです。営団は運輸省直轄の特殊法人(国6割、東京都4割の出資)で、いわば国営の鉄道です。運輸省の役人にとっては、甘い蜜をふんだんに吸える組織です。運輸省の他にも建設省と東京都から天下っております。新線の建設には国の補助金が使われるので、建設省の天下り理事がいるのです。無論、財投の資金も入っております。つまり、国と都の役人がやりたい放題をやっているのが営団です。税金や運賃を食い物にして、テンとして恥じない連中が電車を運行しているわけです。乗客の生命など、虫けらくらいにしか思ってないのです。営団と運輸省がぐるになって、最低の脱線防止ガード敷設基準を決め、実際に乗客を乗せて「脱線試験」を行っていた訳です。「脱線事故が起きたら改訂すればいい」程度にしか考えてなかったのです。だから、運輸省は、事故が起こってから、慌てて200R以下にはガードを設置するように、事故後に通達を出しています。運輸省の責任は重大です。このままでは、いずれ大惨事が起こると思います。そうなる前に、営団を解体すべきです。各路線を私鉄各社に切り売りすればよいのです。営団の安全基準は業界最低ですから、他のどの私鉄が買い取って運行しても、営団より安全なのは自明です。
脱線そのものの原因は、運輸省鉄道事故調査検討会の結論を待たねばなりませんが、2、3年はかかると思われ、最悪、原因不明で終わるかもしれません。営団と運輸省がぐるになって事故の原因隠しをしましたので、原因の特定は難しそうです。3月8日の事故当日には運行を再開しております。原因が分かって、営団や運輸省の責任を問われるのを恐れ、現場保存をしなかったのです。1週間くらいは運行を止め、再現実験や現場の調査をすべきなのに、直ちに運行を再開したのです。運輸省お手盛りの鉄道事故調査検討会が運輸省や営団に不利になる結論を出す訳がありません。「原因不明」という結論になると思います。営団や運輸省にとって、原因不明なのが一番都合が良いからです。(6月28日に鉄道事故調査検討会の中間報告が発表され、4つほどの要因が競合した「乗り上がり脱線」だと結論づけた。)
警視庁でも無論、立件に向け捜査しておりますので、期待したいと思っております。
私にとって、なぜガードを敷設しなかったのか、誰が敷設基準を緩める決定をしたのかが重要です。他の私鉄各社が基準を厳しくしていく中で一人営団のみが基準を緩めていったわけです。その責任者が5人を殺し、60人もの人に怪我(片足を切断した方もいるそうです)を負わせたのです。その人だけはどうしても許せません。必ず明らかにして、このホームページで報告します。過去ずっと脱線が起きないから、少し基準を緩めても大丈夫、もう少し緩めてみよう、やっぱり脱線が起きないから大丈夫という調子で、仕事をしていたんだと想像しています。数十万・数百万の乗客の命を預かる公共輸送機関ゆえ本来安全措置を二重にも三重にも講ずる義務があるにも関わらず、それを怠り、正に実際に乗客を乗せたまま脱線試験を行っていたことに等しい所業です。例え、100%の自信があっても、人の命がかかっているのですから、200%、300%へと安全性を高めるのが当然です。あらゆる安全措置を講じた上で、なおかつ脱線事故が起きたのなら、人智を越えた事故として諦めもつきますが、そうではなく、脱線防止ガードという安全策が存在したのです。それを怠ったのでは営団が乗客の命を軽視したと言われても仕方のないことだと思います。その当事者は自ら名乗り出て、私の息子と私の家族に謝罪し責任をとるべきです。私の息子は頭を潰されて血を流して死んだのです。加害者の営団が一人の血も流さないというのは納得できません。
事故が起きて、当日夜の運転再開までに、あっという間に脱線防止ガードを敷設した。先日初めて事故現場を訪れ、その真新しいガードを見た時に、何とも言えぬやり切れなさに妻共々悔しさと悲しさに涙が止まらなかった。「なぜ、ガードをつけておいてくれなかったのか」「なぜだ!」
7月11日時点で判明している経過、事故原因と問題点を整理します。
6月28日 運輸省鉄道事故調査検討会の中間報告の発表。
      運輸省は鉄道事故調査検討会に法的権限を持たせ常設機関に格上げの方針。
6月30日 寺嶋潔営団総裁の引責辞任。
7月 9日 警視庁はレールの過剰研削を過失として営団を立件の予定。(テレ朝の報道)
鉄道事故調査検討会の中間報告による推定原因
●輪重のアンバランス
●レールの研削
●その他、摩擦係数の増大、台車特性の影響
輪重のアンバランス
八六年六月に横浜駅構内で脱線事故を起こした東京急行では八八年二月、自動輪重バランス測定装置を設置し、輪重差10%以内に管理している。
営団では、日比谷線事故と類似したせり上がり・脱線事故が九二年十月、十二月に鷺沼車庫(川崎市宮前区)で連続して発生し、軌道区と検車区が合同で調査し九三年五月に「事故の推定原因の一つとして輪重のアンバランスが考えられ、輪重バランスの測定の必要がある」と報告している。さらに八月には、輪重バランス測定装置は据え付け工事を含めて二千万円以下で設置できる、と見積もりを出している。 全工場に設置しても1億円以下。営団上層部は、この報告書を無視し、同装置を導入しなかった。営団の車両は新車納入以来一度も輪重バランスを測定されてなかった。これは過失とは言えないまでも、営団の安全軽視の姿勢は明白である。日比谷線の脱線事故は予想できたことなのである。八八年に東急が導入した時か九三年に内部報告が出た時に同装置を導入していれば、今回の事故は起こらなかったであろう。息子も死なずに済んだ。無念である。
レールの研削
レールの研削は、レールの延命、長寿命化が主たる目的である。その他にレールの軋み音を防止する。研削することにより、車輪のレールへの乗り上がりを助長する。つまり、脱線しやすくなるという。これから、どの程度、脱線しやすくなるか試験調査するという。冗談ではない、研削する前に、十分試験調査するのが当然ではないか。ここでも、コスト削減のために安全を犠牲にしている。9日のテレビ朝日の報道によれば、警視庁は、営団がレールの研削を規定以上に行った事実を把握し、過失として立件する方針を固めたとのこと。公判で明らかになるだろう。
問題点
●なぜ、運輸省・営団は現場保存をしなかったのか。
一週間程度、現場保存をして調査するのは当然ではないのか。
●脱線防止ガード
脱線防止ガード設置基準は相互乗り入れしている東急の450R以下に対して、営団は140Rと鉄道界最低の基準であった。営団の安全軽視の姿勢がここにも現れている。
なぜ、営団は輪重アンバランスといいレールの研削といい、十分承知しているのに、脱線しやすくしたのだろう。二度も鷺沼車庫で脱線事故を起こしているのだから、営団の「今まで脱線事故を起こしたことがないから、従来の基準をそのまま使用した」という主張は、その根拠を失っていて、詭弁に過ぎない。せめて、脱線防止ガードさえ設置してあれば、事故は防げた筈である。私の「営団は実際に乗客を乗せて脱線試験を行っていたに等しい」という主張の方が説得力があるではないか。
私は三つの問題点があると思っている。
(1)脱線防止ガード設置基準が140Rと最低で、その見直しを怠ったこと。
 この基準を決めた30年以上前と現在では車両は軽量化されその重量は大幅に軽くなっている。輪重を横圧で除した脱線係数は大幅に変わってきており、恐らくは半分以下になっていると推定されるが、つまり脱線し易くなっているが、この設置基準の見直しをしなかったこと。相互乗り入れしている東急電鉄は450Rと最も厳しい基準を設定している。
(2)輪重管理の導入をしなかったこと。
 1992年に二度、鷺沼車庫で脱線事故があり、営団の内部調査では輪重のアンバランスが主たる原因と解り、現場の技術者は輪重管理を導入すべきと輪重測定装置の見積もりと共に報告書を出している事実があるが、営団上層部はその要望を握りつぶした。東急電鉄は自社の脱線事故を調査した上、1988年に輪重管理を導入し、輪重比を10%以内に抑えるよう基準を設けて輪重管理を行っている。
(3)レールの過剰研削と形状変更
レールの研削は、レールの延命、長寿命化が主たる目的である。その他にレールの軋み音を防止する。研削することにより、車輪のレールへの乗り上がりを助長する。つまり、脱線しやすくなるという。形状も変更している。
(3)のみしか、罪を問えないと言うことのようだ。
(1)と(2)については、旧運輸省鉄道局が統一基準の設定を怠り、鉄道事業者の勝手に任せていた為に、基準違反を問うことが出来なかった。各鉄道事業者に天下りを送り込んでいる鉄道局の責任は重大である。当然為すべき職務を怠って、今回の惨事を招いたのであるから、この点を検察は過失や怠慢行為としてその罪を問えないのであろうか。検察の気概に期待したい。営団の経営陣も同様に現場の声を握りつぶして、安全を軽視してのだから、罪を問えないのだろうか。公判に期待したい。
更には、旧運輸省お手盛りの鉄道事故調査検討会の最終報告とは何なのだろう。輪重のアンバランスが脱線の大きな要因となりうることは、東急電鉄の内部調査や輪重管理導入の事実から、10年以上も前から解っていたことである。それを、さも新しく判明したような報告書を出して、旧運輸省や直轄の営団を擁護するとは、噴飯ものである。事故調の委員は旧運輸省から手当を貰っているから良心を売ったのか、恥を知らない人種なのだろう。どちらにしても、官僚や天下りには司直の手は届かない事になりそうだ。
事故後の営団の対応と私の感想
(1)3月8日事故当日12時半頃、目黒署より私の携帯に電話があり(息子が学校に緊急連絡先として届けてあった)、2時頃目黒署に到着し、息子の遺体を確認した。遺体は東京女子医大に運ばれ、その司法解剖が終わるのを待つ間、5時頃から9時までは近くのレストランで待ち、9時で閉店なので、別の場所を探したが、見つからなくて、結局、私ども夫婦は駆けつけてくれた友人と3人で女子医大の前で風が強く寒い中1時間近く立って待たされた。最悪の気分だった。暖かい場所を営団が用意するくらいしても当然ではないかと思った。
(2)棺を女子医大から自宅まで運ぶ手配は営団ではなく目黒署が行い、出入りの葬儀屋が運んだ。我々夫婦も同乗した。その費用(約20万円)も私が支払った。
(3)自宅に到着すると、マスコミは20人近くの人が3時頃から11時頃まで寒い中、外で待っていたのに、営団の人間は一人も謝罪に来なかった。
(4)翌日の3月9日10時頃、土坂泰敏副総裁以下5人くらい弔問に来て、葬儀費用の負担と葬儀の手伝いの申し出があったが、両方とも断った。自分の子供の葬儀くらい、借金してでも自分の金でやるのは当然と思った。まして、加害者の金など、冗談ではないと思った。通夜も告別式も既に友人(30人位)のお陰で準備は終わっていて、営団に手伝ってもらうことは何もなかった。準備が終わった頃を見計らって来て、「手伝う」なんて、話にならない。全てを取り仕切って当然である。
午後に寺島潔総裁以下5人くらい、また弔問に来た。
(5)3月10日の通夜当日の昼間、今度は牛込昭洋理事がお供一人連れて弔問に来た。営団は副総裁、総裁、理事と弔問の事実だけを作りたかったのではないかと思った。
(6)通夜に総裁が私に挨拶をしたいと申し出があり断った。挨拶は既に前日済んでいる。マスコミ向けのパーフォーマンスとしか思えない。
(7)3月11日の告別式に総合企画室長来て、副総裁が私に挨拶をしたい、式の始まる前に焼香させてくれと申し出があり断った。挨拶は9日に既に済んでいる。なぜ、読経が終わるどころか始まってもいない前に特別扱いで焼香させねばならないのか、息子の命を奪った加害者なのに、遺族の気持ちを全く無視した身勝手で傲慢な態度に私は激怒した。
(8)通夜・告別式を通して、記帳と焼香をして、中には記帳して焼香もせず、そそくさと帰る異様な人達がかなりいた。受付をした友人が口を揃えて言うのは、非常に態度も横柄で、息子の死を悼むとか、遺族にお悔やみを言いに来たとかいう様子は全くなく、他の人達は皆息子の死を悲しんでくれているのに、来たくもないけど来てやったんだと言わんばかりの態度で、ぶん殴ろうかと思ったとのこと。この人達は全員営団の職員で95人にも達した。殆どの人が平服で、黒のネクタイどころか喪章や腕章すらつけてなかった。事故発生から通夜まで3日間程あるのだから、礼服を用意する時間は十分あった筈だ。ましてや、加害者である。礼を尽くして当然である。総裁を除き、誰一人、香典は持ってこなかった。社員証提示すれば東横線の運賃は無料だから一円も身銭を切っていない。通夜に飲み食いをし、会葬返礼を受け取った者がいたら、これはたかりである。コートを着たまま記帳する人、書きなぐる人、記帳して焼香もせずに帰る人、係りの者が差し出した返礼品を手で払いのける人、手ぶらで来て平然と返礼品を受け取る人等々。息子を殺しただけではあきたらず、その葬儀まで汚した。「何なんだ。なぜ、僕ら遺族をそこまで痛めつけるのか。息子が営団に対して何をしたというのか。料金を払って電車に乗っただけじゃないのか。どうして、息子を虫けらみたいに扱うのか。」
自分達の会社が安全を無視したとんでもない事故を起こし、人を殺し、申し訳ないという気持ちは微塵もなく、上司の命令でいやいや焼香に来ただけで、来たという証拠を残すため記帳は必ずしていった。息子の死を悲しんでくれる人だけが来てくれればいい。しょうがないから来てやったなんて奴は来なくていい、冗談ではない、死者と遺族に対する冒涜である。非礼にも程がある。この連中は人間の心を持っているのか。本当に息子の死を悼み、遺族を思いやる気持ちがあるのなら、記帳などせずに、黙って焼香して立ち去ればいい。僕は非常に怒っている。
営団職員会葬者名
寺嶋 潔  総裁  香典30万円
住所を記帳した人(香典なし)25人(この人達は何のために自宅住所を書いたのか。返礼品を期待しているのか)
住所を記帳していない人(香典なし)69
(9)営団の職員6人が通夜告別式の手伝いをした。引っ越しの手伝いでもあるまいし、60人なら分かるが、6人くらいでは話しにならない。延べ1900人もの人が会葬に来てくれたわけだから。
(10)迷惑をかけた自宅近所の家、斎場周辺の家に挨拶にも行かなかった。告別式当日、警察官15人で整理に当たってくれた戸部署にお礼の挨拶にも行っていない。これらは全て私どもが行った。
(11)3月14日初七日に営団職員が3人焼香に自宅に来たが断った。初めて手ぶらではなく、花束を持ってきた。その時、総合企画室長に「寺嶋潔総裁が包んできた香典は個人としてか営団としてか」と聞いたところ、「個人としてではなく営団としてです」との答えであった。
初七日後暫くして、事故相談室ができ、総合企画室のK課長補佐が私ども遺族の担当となったと自宅へ報告に来た。告別式の後は、総裁も、副総裁も、理事も一人も来ていない。(4月15日現在)
全体に営団は、自分達がマスコミに非難されぬ様に、形ばかりの態度で自己保身に終始した。被害者や遺族への謝罪の気持ちや思いやりは微塵も感じられない。葬儀に参列しないと非難されると恐れ、今回の事故対策の指揮をとる木宮進理事(東京都の天下り)が「平服、手ぶらでいいから通夜・告別式に行け、必ず記帳はして来い」と職員に動員を計ったのが事実です。私共への思いやりが全くないから、非礼の限りを尽くしたのです。
どこに寺嶋潔総裁が国会で約束した「誠意ある対応」があるのだろうか。
4月25日に以下のメールを総合企画室のK課長補佐宛に送り、回答を求めました。
私がお渡しした文書「事故後の営団の対応」の各項に付き、営団の回答を求めます。各項別でも、まとめてでも結構です。全てそのまま、ホームページに掲載します。私の言い分だけでは、フェアではないので、両方掲載します。4月16日以降の対応についても逐次載せて行くつもりです。
通夜告別式の職員の方々の非礼に関し、総裁が下した或いは下される予定の処分についても、お知らせ下さい。総裁は私に約束されたはずです。私の要求は、当該職員94人の解雇です。それが無理なら、「香典は持って行かなくていい。平服でいいから、とにかく会葬に行け。」と命令した総務部長と担当理事に対する処分(罷免)を要求します。ことは、営団が殺害した私の息子の葬儀です。「ごめんなさい」では済まされません。
(1)新しい組織図を下さい。
(2)S工務部長と面談する機会を作って下さい。
「事故後の営団の対応」文書を付けて、出資者である二階運輸大臣と石原東京都知事に手紙を出す予定です。これも、無論、HPに掲載します。
いずれ質問状を作成し、メールしますが、現段階では以上のことにお答え下さい。

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